コラムランド お題「秘密」(2001年)改稿

溶け出した秘密

「つまり、だ。『秘密』というものが一体どのようなメカニズムでもって発生するのか、それについて先ず論じなければならないわけだけれど、ね」
 野田教授はそう切り出した。
「つまり、『秘密』がどのような心理的動機の中から派生するのか、その原因、根源に着目することは学者として、非常に興味深いものがあると思うのだが……」
 湯川助手が怪訝そうな顔で野田を見たが、そんな彼を一瞥して野田は取り敢えず続ける。
「『秘密』つまり『隠し事』というのは、果たして何の作用として社会に顕在化するのか。それは、つまり自己の防衛がその主たる目的ではないだろうか。自らのウイークポイントを曝け出すことは、社会的生物である人類にとって致命的になる。だから隠し立てすることは我々人類にとっては当然の行為であるとは言えないだろうか。あるいは攻撃の際にも、『秘密』はその発生の起因となり得るが、この場合も最終的には自分を有利に導くための手段たり得るので、結局は自己防衛に帰結する。結論として、『秘密』は自己防衛の為に行われるのだね。だから……」
「あの、教授」
 途中で湯川助手が手で遮った。
「何だね、湯川君。私の話を最後まで聞きなさい」
 野田はちょっとむっとした顔で湯川を見る。湯川はちょっと眉を寄せ、しぶしぶ黙った。
「つまり、『秘密』を有するということは、だ。人類にとって必要悪として認められなければならない類いの物なのだよ。分かるかね?」
 それから野田は少し考え込んで、こう言った。
「そうだ、湯川君。ふた昔ほど前に話題になった外交機密費。あれもその例に漏れないじゃないか。本来、外交政策を展開する上で機密費は必要なのだよ。そうじゃないかね? それに、日本には黙秘権と言うのがあるね。自分の不利になるような情報はしゃべらなくても良いことになっているんだ。それから、そうだなあ、オフレコだから言えることだって、世の中にはたくさんあるじゃないか」
 湯川は黙って聞いていた。
「だからね、一方的に『秘密』を責めるような真似をしてはいけない。そもそも……」
「ですから、教授」
 またしても湯川は野田の話を遮って言った。
「何なんだね、君はさっきから」
 野田は少し不機嫌な顔をして見せる。と、湯川は言う。
「つまり、先程から私がお尋ねしていることはですね。私の冷蔵庫から勝手にアイスクリームを取り出し、それを全部食べてしまったのは野田教授、あなたであるのかどうかということなのです」
 野田は黙って湯川の顔を見つめる。そして、
「湯川君、君さー、私の話をぜんぜん聞いていないね。まるで分かってない。分かってないよ。そもそも『秘密』というものはだね……」