コラムランド お題「(舞台指定)図書館」(2002年)

容れ物と中身

「ここには世界全ての情報が詰まってるんだよ」
 彼はそう言って歩き出した。ここは古代図書館。滅びてしまった人類が書き残した全ての書物。それらが保存されている場所だ。
「膨大な数の本だね。こんなにあったら、うん。壮観だね」
 ボクが感心して声をあげると、彼は笑った。
「ただの物資の無駄づかいだよ」
 ボクは曖昧に微笑んだ。
「だいたい、さ。大事なのはコンテンツ。情報だろ? 何でこんな風に重たくでっかい本にする必要があるのさ。意味がない」
 彼はそう言ってこの高く高くそびえる本棚をぐるりと指差した。
「情報なんて、さ」
 その彼の指がボクの鼻先でピタリと止まる。
「コンピュータにインプットしとけばいいだろ? その方がずっと効率的だ」
「そうだね」
 ボクは頷いた。でも、ボクは思うんだ。合理主義者の彼には、きっと理解らないんだろうけど、本にはロマンがあるんだって。ページをめくるたび、全ての物は動き出して次々と世界が構築される。怪物の咆哮。愛の囁き。次から次へと生まれては消えていくんだ。モニタ越しに眺めるのとは違う。あの本の重さが良いんだ。
「何を考えている?」
 彼は怪訝そうにボクを見た。
「何にも」
 ボクはぐるりと無数の本棚を見回した。
「俺たちの仕事は、これらの本をコンピュータにインプットし直すことだ」
 彼は何冊かの本を無造作に本棚から取り出してこっちに放った。ばさばさと床に本の散らばる音が館内を駆け抜けた。
「さ、お前はそいつらを写せよ。何にしてもコンテンツは有益だからな」
「あぁ、分かったよ」
 ボクは慌てて本を拾い上げた。すごく綺麗な表紙に、思わず目が留まる。カラフルな絵がボクを魅了する。そうさ。だから本は素敵なんだ。ボクはさっそくそいつから読み始めて、しだいに没頭していった。
 不意に彼が「帰ろう」と言った。気が付くと外は深い闇に覆われていた。ボクらが本を読み始めて、もうずいぶんと時間が経った様だ。ボクは慌てて読み終わってない本を自分のカバンに詰め込んだ。少しの間だけだけど、自分のうちの本棚にこいつらをしまおうと思ったからだ。本棚が次々と埋まっていく様を想像する。
「早くしろぉ」
 遠くで彼がボクを呼ぶ声がした。