勇敢な白いパーティドレス

 村田伊知郎がトイレに立ったので、柳原秀紀と町田友香は、キッチンに取り残された。大広間では、まだパーティは続いていたが、その喧騒は扉を挟んだこちら側には届かない。外は雪が降っていた。この調子だと、明日の朝までには積もるだろう。ちゃんと車で帰れるだろうか。柳原はそんな心配をした。
「僕らもパーティに加わろうか」
 柳原は大広間に視線を送る。訪れるだろう沈黙を回避しようとしたのだと自己分析。どうも、彼女との距離感だけは、いつまでも慣れない。珍しいことだ。
「人が多いから嫌だ」
 彼女は即答した。
「そう?」
 彼女は先ほど、ここで村田が作ったカクテルを飲み干した。淡いブルーのカクテル。名前も言っていたが、もうよく覚えていない。アルコールが、記憶を曖昧にするのだ。
 村田が面白いカクテルを作ると言い出して、町田に誘われるまま、柳原はパーティ会場を抜け出した。きれいに立方体の形をしたキッチンで、薄暗い。暖房が入っていなかった。柳原は、肩口の開いた彼女の白いパーティドレスを眺める。
「寒くない?」
「覚悟の上。だって、私、お洒落しているのよ?」
 なるほど。柳原もグラスに口をつけた。流し込む。脳天に絵の具をぶちまけたような、ビビットな感覚。それから視界が元に戻る。しばらく身を潜めているような感じで、それから、呼吸をしていないのに気がついて、慌てて息を吐き出す。
「柳原くんってアルコール、苦手だったっけ?」
 町田が空のグラスを指先でくるくると回しながら、笑う。
「いや、予想以上に強かったから。ちょっと驚いただけ」
 咄嗟に嘘を吐いた。どうしてだろう。考えてみたけれど、思考回路はぐるぐるとループみたいになって、なかなか結論にたどり着けない。きっと、アルコールのせいだ。そう思うことにして、思考作業から離脱した。
「どうしてみんな、あんなにはしゃいでいるんだろうね?」
 柳原は呟いた。静かだった。
「さぁ。みんな、はしゃぎ方を知らないからじゃない?」
「そうかな。それは、きっと僕の方だと思うけど。僕ははしゃいだことがないから」
「私は今、すごい心が踊っているんだけどな」
 どうして、と聞こうとして、我慢した。そんな質問は、クイズ中盤のサービス問題みたいなものだ。敵に塩を送るほど、柳原は出来た人間ではない。
「あ、そう」
 柳原はそれだけ言って、天上を見上げた。
「何か作るね」
 彼女が白い手袋を外した。
「どうして? 大広間には行けば、サテーとか、シシカバブとか、えぇっと……」
「だから、あっちには戻りたくないんだって」
 そう言いながら、彼女は勝手に冷蔵庫を開く。ブーン、とクーラの音がした。
「勝手に開けたりして、村田の奴に怒られるぞ」
「大丈夫、彼には許可を取ってあるから」
「へぇ」
 残っていたブルーのカクテルを飲み干した。軽い頭痛が襲ってきた。
「あれー? サーモン入れといてって頼んでおいたのになー。村田の奴、ひどいー」
 しゃがみこんだ彼女の大きく開いた背中が視界の隅に入って、目を逸らす。なるほど。共謀していたのか。そう思い至って、柳原の身体は、慌てて防御モードに入った。けれど、ここで席を立ってパーティに戻れるほどに、彼は冷徹な人間になれなかった。
「私の手作りなんて、そうそうお披露目しないのよ。言うなれば、そう。スペシャルな感じ?」
 彼女が笑ったので、柳原も微笑んだ。
 雪がさっきよりも強くなった。明日、車でちゃんと帰れるだろうか。柳原は少しだけ、心配になった。