雪がしんしんと降り積もる。古い暖炉には赤々と火がともり、小さな部屋に薪のはぜる音が響いた。
その日は全人類の何分の一かが崇める、とある宗教家の誕生日だった。街中は華やかに装飾されお祭り騒ぎで、恋人達は素敵な夜を楽しむ。それだけだ。少なくとも男にとってはその程度の認識でしかなかった。いや、男はむしろ憎んでいたのだろうか。
今、男の眼前には白い立派な髭をたくわえた老人がいる。
「君は……確か、十二年前の……」
白髭は尋ねた。炎が揺れ、二人の影が揺れる。
「そうだよ」
男は応える。白髭は少なくとも動揺している様子だった。
「憶えていてくれたんだ」
男は感慨深げに、それでいてどうでも良い様な、そんな投げやりな口調でそう言った。白髭はその大きな目を伏せた。
「……あの時のことは……そう、本当に申し訳なかったと思っている……」
男の笑いが乾燥した部屋に虚しく響き渡る。
「本当にさ、あの日の朝は悲しかったよ。忘れもしない。目が覚めてさ、靴下の中を覗いてさ、何にも入ってなかったんだぜ。何にも、さ」
「私も、あの日のことを……忘れたことはなかったよ」
白髭は静かに言葉を吐き出した。
「君は……あの日、何を欲していたんだい?」
「そんなことはどうでもいいんだよッ!」
男は強く言い放つ。白髭は力なく微笑んだ。
「分かっているよ。君が望んでいることは、ね。いつだって、私には分かるんだ。人の欲するものが。そうだろう?」
男は黙っていた。
「外に二頭、赤鼻を用意した。空を駆けるそりも、おもちゃを作る小人たちも、みんな君にあげよう。今日から、君がやればいい」
男はその瞳を大きく開いた。
「俺がやっても……いいんだろうか?」
「君なら、きっと私のような失敗はしない。そうだろう?」
男はそっと頷いた。
「私には、ね」
白髭はつぶやいた。
「私には、きっと向いていなかったんだなぁ……」
暖炉の炎が一度だけ、大きく燃え、薪がぱちんとはぜる大きな音がして、そして、消えた。