連ドラとカップラーメンと殺人

 俺が到着した頃には、現場は作業員でごった返していた。
「あ、柴崎さん。お疲れ様です」
 後輩の立花が俺を見つけて走ってきた。俺は軽く肩をすくめる。
「で、ガイシャは?」
「村上亮介、三〇歳です」
 柴崎はブルーシートをめくる。若い男。後頭部が陥没している。こりゃー、即死だろう。おそらくこの会社の社員なのだろう。規定のこげ茶色の作業服を着ていた。
「悪い噂の絶えない男だったみたいで。最近も同僚と金銭トラブルで揉めていたみたいです。同僚を強迫して金をせびっていたとか……」
「その同僚が犯人なんじゃないのか?」
 俺が訊くと立花は言いよどんだ。
「それが……物品管理の爺さんがアリバイを証言していまして……」
「アリバイ? 何だそれ? もう死亡推定時刻が出ているのか?」
「十二時四二分三〇秒です」
 立花が断言して、俺は目を剥いた。
「おいおい。何だ、その正確な数字は」
「防犯カメラに映っていました、ばっちり」
「何が?」
「だから、バットで、こう、どごん、と後頭部を一発」
「だったら犯人もそこに……」
「それが……ウシの着ぐるみを……」
「ウシの着ぐるみ?」
「……そのー、この会社のイメージキャラクタらしいんですが」
 着ぐるみ。解せない話だ。
「映像にたまたまテレビが映っていましてね。一分半後に連続テレビ小説が始まっているんです。だから時間が分かったんですね。ガイシャも連ドラを観るのが日課だったようで。その日もそれを観にここに……」
 俺は唸った。立花が言葉を続けた。
「でも、細工はありませんでしたよ? ほら。連ドラって朝と昼、二回やるじゃないですか。だから、てっきり朝の放送のダビングなのかな、と思ったんですが……」
「で、そのアリバイを証言している爺さんってのは?」
 立花に案内されて階段を二つ降りると倉庫のような部屋に辿りついた。だだっ広い部屋で爺さんはうとうしていた。
「おい、爺さん。邪魔するぜ」
 俺は机を乱暴に叩く。爺さんは慌てて飛び起きた。どうやら爺さんはこの会社の倉庫番みたいなものらしい。見たところ、ほとんど仕事はなさそうだった。俺がそう思ったのを感じ取ったのか、爺さんはぺらぺらと喋りだした。どうやら爺さん、再任用としてこの会社に雇われているようで、それも名ばかり。かつての会社での経験を活かす場を与えられることもなく、ただただ安くこき使われているだけなのだという。爺さんはひとしきり愚痴をこぼして、俺はそれを聞いてやった。こういうのは黙って聞いてやるのがコツで、そのうち大切なことを喋り出す。
「で? 爺さんがアリバイを証言しているってのはなんなんだ?」
 俺はタイミングを狙って訊く。
「そうそう。それです、それです」
 爺さんはにこにこと笑った。
「お昼休みに、冴木さんはいつもこの部屋に顔を出してくれるんですよ」
 冴木というのが容疑者候補の同僚らしい。爺さんの前の部署の後輩らしい。
「今日もお昼、ここに顔を出してくれましてね。いつものように、連ドラを見ながら一緒に昼でも食べようって……」
「それは何時頃の話だ?」
「十二時四二分です」
 またまた登場した正確な時刻に俺は顔をしかめた。
「四五分にちょうどラーメンができあがればいいと思って逆算したんでしょうね。四二分に一緒にお湯を注いだのを憶えています。それから時間を計っといてくれって……」
「時間を計っといてくれ? そりゃー、どういうことだ?」
「冴木さんはトイレに行ったんです。連ドラの前はいっつもトイレに行くんですよ、彼。やっぱり集中して観たいですから。で、一緒にラーメンを啜りながらドラマを観て……」
「待て待て。それじゃ、アリバイにならないじゃないか。冴木ってのは席を外したんだろう?」
「ドラマが始まったときには冴木さんは一緒にいて。ドラマを観たんですよ?」
「勘違いじゃないのか?」
「いえ。今日は新しい登場人物が出て。ほら。何でしたっけ。あのー、最近やっている映画の。オープニングの映像を見ながら、ああ、この娘は最近、話題になっている娘だなーって冴木さんと話をしたんです」
「でも、爺さんがカップラーメンを待っていた間の三分間のアリバイは証言できないんだろう? つまり、その三分間で行って殺して戻って……」
 俺がそう言って考え込もうとすると、立花が横で首を振った。
「柴崎さん。無理ですよ。どれだけスピーディにやってもあのウシに着替えて……ああ、あのウシ、結構、一人では着替えるのが大変なんです。で、階段を昇って三階へ。そしてガイシャを殺して、ウシを脱いでまた戻ってくる。三分間じゃとても無理です。ゆうに一〇分はかかります」
 立花も同じように考えてやってみた、というわけか。そのとき、目の前の黒い電話が鳴って、爺さんはゆるゆると電話を取った。
「はい、こちらは物品です。ええ。バケツですか? 雨漏り? 二個? 分かりました。今から持っていきます」
 爺さんはそう言うと立ち上がって、奥の方からバケツを二個、持ってきた。
「こんな仕事ばっかりですよ。こんなの、バイトの高校生だってできる。昼だって蛍光灯が切れたとか何だとか。ドラマを観ている最中に電話がかかってきたんですから。こっちは昼休みだっていうのに……」
 爺さんはそんなことを呟きながら、ぐるりと振り返り、部屋の奥にかかっている時計を見た。
「もう五時だ。もう少しで終業時間なのになー。やれやれだよ」
 それからぶつぶつと文句を言いながら部屋を出て行った。
「どう思います?」
 二人になって、立花が訊いてくる。
「確認しなきゃいけない点はあるが、まあ、冴木をしょっ引けるだろう」
 俺は即答した。
「え? 何でそうなるんです?」
 立花は目を白黒させた。
「着ぐるみを着て殺害したんだ。犯人は防犯カメラを意識している。敢えて何かを映そうという意図を感じるだろう。何だと思う?」
「時刻……ですか?」
 立花が言う。
「そう。その時間、確かなアリバイを確保できる人間だからこそ、わざわざ犯行時刻を限定するんだ」
「でも、それじゃ、アリバイは?」
「それはトリックだろう」
「いや、でも……。防犯カメラにも、テレビの側にも、何も細工は……」
「そっちじゃないよ。そっちじゃない」
 俺は言った。
「爺さん、さっき壁時計を見て時刻を確認していた。とすれば、爺さんの側の時刻は細工する余地がある」
「爺さんの……側……?」
 立花は考え込む。
「あの爺さん、どうせ暇を持て余してああやって頻繁にうとうとしているんだろうさ。だから、多少、時刻の進みが狂っても分かりゃーしない。おそらく冴木はうとうとしていた爺さんの部屋の時計を数十分ほど遅らせた。それから連ドラの録画予約を済ませて、十二時四五分にガイシャを殺害。そして爺さんの部屋に戻って、録画したビデオを流しながら、連ドラを一緒に見た。そして再び爺さんがうとうとしている隙に、再び時計を戻せばいい」
「そりゃー、可能でしょうけど。でも、それを実行したという証拠でもあるんですか?」
「お前さー。わざわざお昼休みなのに、蛍光灯の電気を交換してくれるように電話するか? しねぇよ。するわけがねぇ。つまり、爺さんは昼休みだと思っていたけれど、世の中の時刻は昼休みじゃなかったってことさ。蛍光灯の交換を依頼した社員を捜して確認してくれば分かる。それで冴木が時刻を誤魔化した事実が証明される。アリバイも崩れる。ジ・エンドさ」
 俺は立花の尻を叩いた。
「ほら。裏をとって来いよ。さっさと仕事を終わらせようぜ。もうすぐ就業時間らしいぜ」
 立花は慌てて部屋から出て行った。