アバウトな創作工房

コラムコンテスト お題「戦争」(2004年)

岡崎マグナムをぶっ放せ!!

第1章:生命は生命の力で生きている

 セミの声が響き渡る森の中。
「死ねぇ!」
 ビシュシュシュシュ…
 俺は木陰から飛び出し、水鉄砲を思いっ切りぶっ放す。
「きゃあ!」
 不意を突かれた格好で、祐美はステキな悲鳴を上げた。真っ白な服が鮮やかな赤色に染まる。特製の鮮血色インク入りだ。
「はっはっは。祐美、死亡~!」
 俺は親指を突き立ててグッと前に出す。やったぜ。悔しそうに顔を歪める祐美。俺をじっと睨んでいる。どうだ、参ったか、ざまあみろ。
 大学生にもなって、俺たちはまるでガキみたいに戦争ごっこをしていた。何やってるんだ、と思わないでもない。でも、きっと何かが足りないのだ。世界は圧倒的に何か欠落していて、それが時として透けて見える。何となく気が付いてしまった俺たちは、不安を吐き出す場所を求めていたのかも知れない。
 そんなことを考えながらふと横を見ると、真っ赤に染まってうずくまっていた祐美の顔つきがぱぁ、と明るくなる。
 しまった!
 俺は慌てて振り返る。
 ビシュシュシュシュ…
 だが、時すでに遅し。背後から、メガネ怪人山田が水鉄砲をぶっ放し、俺の背中が真っ赤な血で染まる。
「ガハハハハ、油断大敵なり! 大将昌樹、仕留めたり」
 うほほい、と効果音でも散らばりそうな感じのアフリカンダンス。メガネ怪人山田は華麗に大地を舞っていた。
 ヤラレタ。完全に油断していた。祐美を倒したコトで完全に気を抜いていたのだ。初歩的なミス。痛恨の一撃。俺はがっくりとひざをついた。
「またまた、私たちの勝ちみたいね」
 祐美が高々とグーの拳を空に突き上げた。おそらく勝利宣言である。
 タッグマッチである。麻生祐美とメガネ怪人山田は同じ組。そして、俺の相棒はというと…すでに真っ赤な服になって、ベンチで悠々とマイルドセブンなんぞをふかしてやがった。
「やぁ、お粗末くん」
 ゆったりと手なんか上げて挨拶しやがる。お洒落なシルバーのアクセがふっくらした胸元で揺れている。
「岡崎。お前、やられてたのか…」
「あたしのせいじゃないからね。今のはマサくんのちょんぼ」
 この女、言い訳にも何にもなってないことを言いやがる。いつだってそうだ。この女、さっさと戦線離脱だ。本気でやれよと思う。そう言えば、この女の真面目な顔なんて見たことがない。
「ま、そういうワケだから、罰ゲームなのだよ!」
 祐美がぽんぽん、とボクの肩を叩いた。
「約束通り、2連続で負けたんだから、今日の夕飯、全額おごりだからね」
「あ、今日は何だか、久々に居酒屋にでも行きたい気分なのは何故だろうね」
 メガネ怪人山田もソレに便乗する。
「ちょっと待て。居酒屋は…金銭的に辛いっす」
「アハハハ」
 岡崎がバカみたいに笑った。
「おい! お前も半額、払うんだぞ。分かってんのか」
「別に良いよ。あたし、お金なら腐るほど持ってるし」
 はらはら、と手を振る岡崎。大丈夫のジェスチャ。ブルジョワ的発言だ。
「じゃ、居酒屋に向かおうではないか、皆の衆」
 祐美がそう言って先陣を切って歩き出す。
「この格好で?」
 岡崎が白と赤のまだら模様をひらひらと揺らす。
「ま、ソレはソレでコケティッシュってコトで…」
 一人だけ無傷のメガネ怪人山田が得意げにそう言って、
「アハハハ」
 岡崎が愉快そうに笑った。そして、
 ビシュシュシュシュ…
 岡崎マグナムが炸裂して、メガネ怪人山田の顔面を直撃した。
「うわ、ひでぇ。この女、やりやがった…うげげ、不味ッ」
 どうやら特殊インク部隊は怪人の口の中への進攻にまで成功したらしい。
「てめぇ」
 メガネ怪人山田は岡崎鏡子の頭を鷲掴みにすると、
 ビシュシュシュシュ…
 顔面に発射した。
「おら、口を開けぇ」
「ぎゃあ!」
「うわ、えげつな」
 俺らはもはや何が何だか分からないまま、水鉄砲を打ち合った。全身が血塗れで、ある種、完全にイカれたファッション集団。
「私たちってさ。結局、何をやってるんだろうね」
 はた、と岡崎が呟いて、
「青春じゃない?」
 俺は言ってみた。
「仕方ねぇ。今日のところはお開きだ!」
 メガネ怪人山田がしぶしぶ宣言した。
「コレじゃさすがに、ね。お風呂入らないとダメダメな感じだし、ね」
 祐美が嘆息。俺は短足。関係ない。
 結局、おごりは後日ってことになり、俺らはそのまま帰路についた。
「お、キレイな空だな」
 メガネ怪人山田が柄にもなく立ち止まって言う。気が付けば空はオレンジ色だった。雲が少し紫がかって不思議な感じのメランコリィなノスタルジィ。俺たちは4人、ぽかん、とバカみたいに口を開けたまま、黙って空を眺めていた。いや、岡崎だけは興味なさげに鼻歌で天国と地獄。ソレがまた似つかわしくないクセに妙に俺たちにぴったりな感じで何ともステキだった。黒い影が4つ、ずぅっと長く、進行方向に伸びていた。
「楽しかったね。またやろうね」
 祐美が言って、
「知ってる? アメリカじゃ、裸の女をペイント弾で追い回すゲームがあるんだぜ? 今度はソレをやってみるか?」
 メガネ怪人山田はウヒヒ、と笑う。この男、やたらとその手の情報に詳しい。
「性的虐待だからってこの間、裁判で禁止令が出されたわよ」
 横から無表情で岡崎が釘を刺す。全く、この女もワケの分からん情報網を持っている。
「来週は絶対、居酒屋に行くんだから!」
 祐美が断固として決意を固めている横で、俺はどうかこのまま忘れてくれないかな、とか。信じてもいない神や仏に祈ってみたりみなかったりするのである。アーメン。

第2章:いのちは闇の中のまたたく光だ

「起きろ、マサキ! 敵襲だ」
「んあ?」
 クリストファの呼び声で俺は目を覚ました。まだ薄暗い。けれど、テントの中にまで火薬の臭いが立ち込めて来ている。遠くで銃声と爆発音が響いていた。久しぶりに夢を見た。懐かしい夢。
「反政府組織のヤツら、無茶してやがる」
 クリストファがそう言って、そっと銃を抱え上げた。ちなみに勿論、彼は英語で喋っているのであって、日本語なのは、あくまでもフォーマットの問題である。念のため。
「でも、この戦争ももうじき終わるんだな」
 俺は呟いた。余談だが、コレも勿論、英語である。ビバ、バイリンガル。
「ヤツらも、いい加減に資源が底をついているハズだ。きっと、コレが最後の総力戦ってヤツだろうねぇ」
 クリストファが拳をグーにして、俺の額に押し付けた。
「昔、さ…」
 俺は口を開いた。
「昔、友人とよく戦争ごっこをして遊んだ」
 クリストファが眉をひそめた。
「あの頃は良かったな。トリガーを引いたって、さ。誰も死んだりしないんだ」
 ペイント弾だから誰も死なない。安全が保障された枠の中での戦争ごっこ。
「何をいまさら」
 クリストファがどん、と背中を押した。
 血と硝煙の匂い。ここは本当の戦場だ。殺し損ない、逃げ損なえば待っているのは死。最早昔の遊びとは次元の違う世界。
「俺たちの使命は、この戦争を終わらせることさ」
 彼に背中を押されるままに、俺は外に飛び出した。
 ダダダダダダ…
 木陰からゲリラが銃を打ち込んでくる。どうやらこのキャンプは囲まれていたらしい。髭面の司令官がやって来て、難しそうな顔でいくつか作戦を指示した。
「この戦争を終結させて、平和と秩序を守るのだ!」
 大層な御託。何とも大袈裟な話である。きっと、そんなにしてまで守られにゃならんほどの平和や秩序なんて存在しない、とアナーキーな俺は思う。
 俺は森の中へと駆け出した。一発、二発。俺は銃を撃ちまくる。きっと、コレに当たった人間は真っ赤な血の色に染まり、ソレはもはやペイントではない本物の血。
 何度目かの銃撃戦の末、ようやく俺は一本の木陰に隠れることに成功した。そしてスコープを覗き込むと、ゆっくりと辺りの様子を窺う。いた! 茂みにいる人間に照準を合わせる。グッバイ、ワン・オブ・ザ・ゲリラ。俺はトリガーに手を掛ける。振り向くゲリラその1。そこに見知った顔があった。
「岡崎!」
 俺は木陰から飛び出した。岡崎マグナムがこちらにピタリ、と向けられる。
 いつも真っ先に戦線離脱していた女。いつだって真面目なのか遊びなのかよく分からない顔で笑ってた女。
「お前、何をやってるんだよ」
「マサくん?」
 岡崎の目が大きく見開かれた。平常時の1.6倍くらいだからかなりのモノだ。しかし、ソレでも岡崎マグナムは微動だにしない。未だ尚、ピタリ、と俺の心臓を向いていやがる。さすがである。勿論、俺の銃の銃口も岡崎から外れることは、ない。二人はしばらく無言で対峙した。
「あははは」
 先に口を開いたのは岡崎だった。あの日と変わらず、へらへらと笑いやがった。
「こんな辺境の地でキミと出逢うなんて、まさに奇跡だね」
「…お前、ゲリラなのか?」
 俺は聞いた。
「マサくんは連合軍の義勇兵ってヤツかしら?」
 岡崎はにひゃら、と笑った。
「お互い、好きだったもんね、戦争ごっこ」
「どうして…」
「何?」
「どうしてここにいるんだよ」
 俺は聞いた。
「パパの会社が、ね。この国に新たな市場を広げようとしている。とても儲かるそうよ」
 岡崎はそう言うと、銃を降ろした。俺は逡巡し、ソレから再度、銃を構え直す。いつでもトリガーを引けるように。汗が噴き出した。
「ユーロが出来て、経済的にヨーロッパがまとまったでしょ。南米は今、経済が破綻しかけてる。そんな状況で、今後、アジアの経済はどんどん発展するでしょうね」
 岡崎はそんな話をしながら、ゆっくりと煙草に火を点けた。
「この国の制圧に成功したら、アジアでの発言力が大幅に増すのよ」
 意味が分からない。俺はイライラした。
「日本、韓国、そうしてこの国。中国を大きく牽制出来る利点もある」
 岡崎は俺の顔を見た。
「彼らはこの国を倒して、アジア経済を取り込みたいのよ」
「何の話だよ!」
 俺は叫ぶ。
「この戦争の理由なんてそんなモノなのよ」
 岡崎が笑った。
 ドーン…
 遠くで大きな爆発が起こった。空がオレンジ色に燃え上がる。そんな幻想的な風景の中で、ふぅ、と大きな煙を吐き出しながら、岡崎は鼻歌を歌った。例によって、天国と地獄だ。
「どうしてだよ…」
「え?」
 岡崎の首がちょっとだけ斜めに傾く。
「どうしてお前がゲリラなんかに組してるんだよ」
 俺はしぼり出すように言葉を吐き出した。
「だって、パパのやり方に反対なんだもの」
 さらり、と当たり前のように言いやがる。岡崎はぎゅ、と地面で煙草を揉み消すと、再び銃を構え直す。
「誰かが警鐘を鳴らさなくっちゃならない。この戦争は間違ってるって」
「…でも、」
 俺は無理やりに笑おうとした。
「でも、ソレはお前じゃなくたっていい」
 ごくり、と自分の唾を飲み込む音がやけに耳の裏に残った。
「じゃあ、誰だったらいいのかなぁ?」
 岡崎は俺の顔をじっと見つめた。岡崎マグナムがじりじりと俺の眼前に迫っていた。
「マサくんの知らない誰かが犠牲になってくれるのを待っているの?」
「岡崎、反政府組織は負けるよ」
 俺は言った。
「もう、連合軍の間じゃ、反政府組織の敗北は自明なんだよ」
「…でも、」
 岡崎は一瞬、くしゃくしゃ、と泣きそうな顔をした。
「誰かが始めなければ何も変わらない。終わらせることも、その第1歩も出来ない!」
 返す言葉もない。岡崎。お前は正しいよ。でも…。
 俺はぎゅ、と目を閉じた。どうにでもしろ。
「いたぞ、マサキだ!」
 遠くでクリストファの声がして、何処からともなくバラバラと国連軍が俺たちを取り囲む。
「危なかったな、マサキ」
 クリストファがガッツポーズをしていた。
「そこの女! 銃を捨てて、大人しく投降しなさい!」
 誰かがそう言った。岡崎はゆっくりと俺を見る。そして、視線をそのまま上に這わす。炎で染まったオレンジの空。天国と地獄。
「あははは」
 岡崎は小さく笑った。
「岡崎ッ!」
 岡崎は勇猛果敢、連合軍に立ち向かっていった。
 ダ、ダ、ダ…
 銃声。
 岡崎は吹き飛んだ。
 真っ赤な液体が全身から溢れて出す。
 いつかのインクのような赤。赤。赤。
「岡崎ィッ!」
「あははは」
 岡崎は泣いていた。

第3章:その朝が来るなら私たちはその朝にむかって生きよう

 何も考えないでいたら気付いたら戦争は終わっていて、何事もなく俺は日本に帰って来ていた。予想通りの連合軍の大勝利で、世界は何処までも平和である。日本政府は戦争を肯定する曖昧な声明を発表し、かつて仮想敵国だった国が資本主義経済に変わった。
「何だかなぁ」
 俺は呟いた。
「何だかなぁ、なんて聞かされてる俺も何だかなぁ」
 俺の呟きにメガネ怪人山田が反応した。しばらく会わないうちにコンタクトに変えた模様で、もはやメガネ怪人ではないけれど。こいつはメガネ怪人から脱却し、別のナニモノかに進化したのかも知れない。そうに決まっている。
「そういや岡崎の親父さん、事業拡大の収益金で平和基金なんてやってるらしいぜ?」
 相変わらず、こいつの情報網は謎だ。
「せめてものお慰みってヤツかな」
「でも、事業はちゃんと拡大してやがるんだよな」
 ははは、と俺たちは笑い合った。
「アイツはバカだよ」
 生温い風が通り過ぎて行った。
「結局、何も変わらなかった」
「そうだな」
 俺は懐から煙草を取り出すと、そっと火を点けた。戦地で勝手に拝借して来たもの。岡崎の遺品だ。外国製のクソ強い煙草で、銘柄もよく分からない怪しい代物だ。
 岡崎は正しかったのかも知れない。でも、俺は言わなければならなかったんだ。死ぬのはバカだって。生きてなきゃ意味がないって。それから、俺はそれなりにお前がスキだったんだって。
 俺とメガネ怪人改めコンタクト怪人山田は黙って風に吹かれていた。
「あ、夕焼けだぜ?」
 ふと、メガネ怪人改めコンタクト怪人山田が言った。真っ赤に燃える太陽。
「向こうで岡崎と見た夕焼けは最悪だったケド、な」
 俺は言ってやる。
「夕焼けなんて見てる余裕があったのか?」
 メガネ怪人改めコンタクト怪人山田が訝しそうに聞いた。
「まぁ、ね」
 俺はペロリ、と下を出した。真相は闇の中。ついでにハミングで天国と地獄を口ずさんでみる。なかなかエキゾチックかつエキセントリックな気分。
「あ、」
 不意にメガネ怪人改めコンタクト怪人山田が呟いた。
「何だよ」
「そのメロディで思い出した。そういやお前ら、いつかの罰ゲーム、シカトしてねぇ?」
 うわ、古い話を持ち出しやがる。さすがは元メガネ怪人山田!
「もはや全てが時効だろ」
 俺は両手をぱ、と大きく開いてみせる。そんなモン、ご破算だ。
 夕日のずっと向こうから祐美が歩いて来るのが見えた。
「あ、」
「おーい、祐美ぃ~」
 メガネ怪人改め以下略が大きく手を振る。100円払えって言われても文句は言えないだろって感じの飛び切りのスマイル0円だ。
「おい、お前、あいつには黙ってろよ」
「どうしようかな~」
 何処までもいじわるな友人の顔。結局、俺は信じてもいない神や仏に祈りを捧げたり捧げなかったりするのである。アーメン。

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