コラムコンテスト お題「(ジャンル指定)ホラー」(2002年)

歪んだ悪夢

……トントン
 教室で俺は奇妙な音を聞いた。
 微かな、何かを叩くような、そんな音だった。
「何か聞こえねぇ?」
 俺は友人に聞いてみる。
 友人は眉をひそめ、そっと辺りを窺い、
「イヤ、聞こえないよ」
 そう言った。
……トントン
「ほら。また聞こえたじゃん?」
「気のせいだろ、何も聞こえないよ」
……トントン
 俺は辺りを見回した。
「だってよぉ…」
「どうしたんだよ?」
……トントン
「お前、聞こえないの?」
「何が?」
……コトン
 そして、それっきり、音は聞こえなくなった。

 二日後。
 俺は一人、家でテレビを見ていた。
 不意に、また奇妙な音が聞こえ出した。
……トントン
 まただ。
 俺は思った。
……トントン
 一昨日よりも少し音が大きくなっている気がした。
 俺は辺りを見回す。
……トントン
 立ち上がる。
 この音はどこから聞こえて来てるんだ?
……トントン
 俺は次第に苛ついてくる。
 ウルサイ。
……トントン
 あぁ、ウルサイ。
 一瞬、ゴーっと耳鳴りがして……
……トントントン
 急に音の回数が増える。
 俺は部屋中を見回す。
……トントントン
 何なんだ、これは。
 もしかして、おかしくなったのは俺の頭なのか。
……トントントン
 やめてくれ。
 誰か、音をとめてくれ。
……トントントン
 しかし、音は止む気配もない。
……トントントントン
……トントントントン
 やめろッ。
 耳を塞ぐ。
……トントントントン
 けれども、音は耳元で聞こえている。
……トントントントン
 目を閉じる。
 ゴーゴーと耳鳴りがして……。
……トントントントン
「やめろ、やめてくれ!」
 思わず叫ぶ。
……トントントントン
 音は大きくなってくる。どんどん、大きく……
 俺は床の上にうずくまる。
……トントントントン
 頭が、おかしくなりそうだ。
 もはや、音は何かをちから一杯叩きつけているよう。
……ドン、ドン、ドン、ドン
 部屋の温度が2度も3度も上昇したような気がした。
 汗がどっと噴き出してきて――
……ドン、ドン、ドン、ドン
「やめろー、やめろぉぉぉ!」
……ドン、ドン、ドン、ドン
……ドン、ドン、ドン、ドン
「アハハハ、イヒ、アハハ」
 俺は……笑っているのか。
……ドン、ドン、ドン、ドン
 身体が熱い。
 息ができない。
……ドン、ドン、ドン、ドン
 誰か。誰か。誰か――。
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
「アハ、イヒヒ、ウフフフ」
 身体が波打ち始めるような――
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
 世界がぐるぐると回り始め――
「アハハ、イヒ、エヘ」
 音の上昇はもはや天井知らず。
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
 早く。大きく。大きく。早く。
 際限なく……。
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
 ああ。ああ。いつまで続くんだろう。
 いつまで続くんだろう。いつまで。
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
 無性におかしくなってきた。無性に。アハハ。
……ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドン
「エヘ、ウフ、オホホホ」
「アハ、オホホ、イヒ」

……ドンッ!!!

 一際大きな音がして――

 そして……
 そして不意に沈黙が訪れた。
 長い、沈黙――

 ああ。終わったのか。

 俺はよろよろと立ち上がった。
 窓から外を見ると、空は白んでいた。
 いつの間にか、夜は明けたらしい。
 どっと汗が噴きだしてきた。
 ふわふわと浮遊感。
 窓を開け、ベランダに出る。
 でも、何だか違和感があった。
 分からないけれど、何か違和感が……
 遠くの空を黄色い雲が流れていく。
 ベランダの柵に手を掛ける。
 アハハハハ。
 笑おうとした。
 声に、ならなかった。
 思いっ切りフェンスを叩きつける。
 静寂だ。

 音が。消えていた。

 そんな、バカな。
 俺はフェンスに登る。
 何も聞こえない。
 うおぉぉぉぉ。
 叫ぶ。
 でも、声は紡がれなかった。
 アハハ、アハハ、アハハ。
 俺は空をつかもうと手を伸ばす。
 嫌だ。音を返してくれ。音を。
 手を。伸ばす。
 足が。宙をさまよった。
 自由落下。
 視界の淵に、地面が映る。

 ドンッ!!!

 鮮血。

 遠くで、始発電車の走る音が聞こえた気がした。