アバウトな創作工房

コラムランド お題「Z」(2003年)

記号意味論と殺人事件

天才数学者・麻倉総一郎が死んだのは、こんな雨の日だった。

「あのクイズ、出来ました?」
 伊丹雷蔵がキャメルを咥えながら、面倒臭そうに訊いた。
「イヤ、まだだね」
 財津恭介がひらひらと手を振る。窓から見える景色は雨に濡れていた。
v 「アタシ、今回はパス」
 中村理美は手を万歳した。つまりはお手上げのマークである。
「キミは出来た?」
 倉持圭吾が最年少の三重野絵美に尋ねる。
「うーん、どーだろ?」
 毎年、麻倉総一郎は自分のバースディ前日に1問だけクイズを出す。これは恒例イベントになっていた。

  正方形・パーセント・お寺・シャープ・インテグラル・牛の鳴き声……
  今日集まったメンバの中でこの集合に加われるのは誰だと考えられるか

 どうも今回のヤツは難しいようだった。是非ともパーティが始まる前には解いておきたいところだったのだけれど……。
「そろそろパーティの時刻だわ。絵美ちゃん、先生呼んで来て頂戴」
「はーい」
 三重野絵美が立ち上がる。
「結局、今年は誰も解けなかったなぁ」
 財津恭介が欠伸をしながら言った。
「そうだなぁ……」
 倉持圭吾はうーん、と唸った。
「アタシには無理」
 中村理美もふわぁ、と大きな欠伸をした。
「先生、がっかりするかも、ね」
 その時だった。麻倉を呼びに行ったはずの絵美の悲鳴が響いた。ソレは一同の眠気を吹き飛ばすのに充分だった。一同、立ち上がる。
 果たして、部屋の真ん中で麻倉総一郎はうつ伏せで死んでいた。
「……先生」
 駆け付けた一同は部屋の様子を見るなり、息を飲んだ。突き刺さったナイフ。真っ黒く固まった血の跡が床一面に広がっていた。

「で、結局、これは何なんだ?」
 床を指差し、伊丹雷蔵が声を発して、
「ダイニングメッセージってヤツだろ?」
 財津恭介が一人おちゃらけたが、誰も笑わなかった。
 麻倉総一郎の死体の脇、頭の右横辺りの床に、血で何か書いたような跡があったのだ。
「『Z』に見えるね」
 倉持が言って、一斉に視線が財津恭介に集まる。
「ちょっと待てよ、俺じゃねぇ。てぇか、これは中村の『N』だろ?」
 慌てて財津が手を振り、今度は中村理美に視線が集まる。
「ジョーダン、アタシじゃないわよ」
「『Z』なら複素数。『N』だったら自然数だわ」
 絵美がぼそりと呟いて、
「それじゃ、意味が分からない」
 倉持が笑った。
「そんなコトないわよ。この『Z』が複素数だとすると、リアル・ナンバとイメーヂ・ナンバで、つまりは『R』と『I』でしょ?」
 絵美が横目でちらりと伊丹雷蔵を見る。
「そりゃ、無茶苦茶だよ」
 雷蔵が怒鳴った。
「もしかしたら先生はこれから永眠しますって。ソレで『Z』って書いただけかも知れないぜ、なんてね」
 財津お得意のジョークだったが誰も笑わなかった。財津はちょっと首をすくめる。
「あ! コレって『雷』のマークか何かじゃないの?」
 中村が指をパチン、と鳴らして、
「バカバカしい」
 伊丹雷蔵が大きく目を剥いた。
「なるほど」
 不意に、倉持が手を打った。
「そうか。つまり『Z』でも『N』でも『雷』でも何でも良かったんだな」
「何?」
 三重野絵美が訊く。
「あのクイズの答えが分かったんだよ」
「クイズ?」
「正方形、パーセント、お寺……」
 □  %  卍  ♯  ∫  MOW
 倉持は順々に書いてみせる。
「点対称だわ……」
 中村が驚いたように倉持を見る。
「そうだ。そして……」
 ミエノエミ
「それって…」
 一同の視線が三重野絵美に集中する。絵美がケラケラと笑い出した。

 天才数学者・麻倉総一郎が死んだのは、こんな雨の日だった。

■□■アトガキ
これだけの尺でミステリィを書くのは難しい。難しいのは承知で敢えて書いてみた。「動機は何?」とよく聞かれる。そんなに動機が大切なのかなー。確かに納まりは悪い。でも、納まりのいい動機が提示されることと、本当に動機が理解できることとは違う。そして本当の意味でどれだけ動機が理解できるものか。そんなことを考える。

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