「月にはウサギがいて」
コニャック片手に友人は言った。
「そこでウサギはお餅をついているらしい」
どこまでも尖がったフォークロア。
「それなら二人、月に行ってみよう」
ボクはグラスを持ち上げ、宣言をした。
けれども、宇宙飛行士になるのは大変だから、
ボクらは空飛ぶ薬を探す旅に出ることにした。
「空飛ぶ薬は世界の果てにあるのだよ」
ケーキ屋のおばあさんがそう言うから、
ボクらは世界の果てを探す旅に出た。
脳ミソをひっくり返しても、スライスしたって、
世界の果てがどこにあるのか分からないから、
とにかく北へ、オオグマのシッポ目印に歩いていった。
真っすぐ進めば、いずれ北の外れに着くはずだから。
空を見上げて歩いていたら、首が疲れて固まった。
上向きのまんま固まった。
それでもしばらく歩いていたら、
気づけば辺りは砂漠であった。
遠くの方から駱駝が一匹、隊列組んでやってきた。
こぶが三つある変なヤツ。
「どうしてキミら、ずぅっと上を向いているのだろう」
「ボクら、宇宙飛行士にはなれなかったからです」
ボクが答えると、
「ここはお月さまなのです」
三つこぶの、眉毛の向こうがそう言った。
「わぁ、ここがお月さまなのですか」
友人はコニャックをリュックサックから取り出して、
ボクらはそこで乾杯をした。
上向きのまんま、乾杯をした。
真空だから音は鳴らない。
それでも何だか落ち着いた。
* * *
「そうだ、ボクら、ウサギを探しに来たんだよ」
月の砂漠。
ボクら、しばらく座っていたが、
ある日突然、思い出した。
そうしてまたまた歩き出した。
もちろん首は上向きのまんま。
しばらく真っすぐ歩いていたら、
オリオンとスコルピオンの喧嘩に出くわした。
「どうしてお前は暑がりなんだ」
「どうしてお前は寒がりなんだ」
どうやら議論は平行線。
友人は彼らにコニャックを分けてやり、
代わりにボクらはスコッチをもらった。
それからぐるり、月を一周歩いてみても、
結局、ウサギはいなかった。
「どうやらボクら、人生のクルドサックに迷い込んだようだ」
友人が悲嘆に暮れて呟いた。
真っ暗い宇宙にポッカリと、青い星が浮かんでいた。
「どうやらあの星には人がいて」
スコッチを片手にボクは言った。
「そこで人は戦争をしているらしい」
しばらくボクら、スコッチを飲んだ。
空になるまでスコッチを飲んだ。
「フライパンを焦がしてしまったぐらいに悲しい」
友人はそういって泣き始め、やがてナミダは湖になった。
「ボクは泳げないのだ」
そう言って友人はさらにナミダを流した。
ボクはナミダの雫をグラスに満たすと、
「極上のアムリタができた」
ボクらはそれで乾杯をした。
真空だから音は鳴らない。
それでも何だか落ち着いた。