コラムコンテスト お題「月」(2002年)

アムリタのワルツ

「月にはウサギがいて」
 コニャック片手に友人は言った。
「そこでウサギはお餅をついているらしい」
 どこまでも尖がったフォークロア。
「それなら二人、月に行ってみよう」
 ボクはグラスを持ち上げ、宣言をした。
 けれども、宇宙飛行士になるのは大変だから、
 ボクらは空飛ぶ薬を探す旅に出ることにした。
「空飛ぶ薬は世界の果てにあるのだよ」
 ケーキ屋のおばあさんがそう言うから、
 ボクらは世界の果てを探す旅に出た。
 脳ミソをひっくり返しても、スライスしたって、
 世界の果てがどこにあるのか分からないから、
 とにかく北へ、オオグマのシッポ目印に歩いていった。
 真っすぐ進めば、いずれ北の外れに着くはずだから。
 空を見上げて歩いていたら、首が疲れて固まった。
 上向きのまんま固まった。
 それでもしばらく歩いていたら、
 気づけば辺りは砂漠であった。
 遠くの方から駱駝が一匹、隊列組んでやってきた。
 こぶが三つある変なヤツ。
「どうしてキミら、ずぅっと上を向いているのだろう」
「ボクら、宇宙飛行士にはなれなかったからです」
 ボクが答えると、
「ここはお月さまなのです」
 三つこぶの、眉毛の向こうがそう言った。
「わぁ、ここがお月さまなのですか」
 友人はコニャックをリュックサックから取り出して、
 ボクらはそこで乾杯をした。
 上向きのまんま、乾杯をした。
 真空だから音は鳴らない。
 それでも何だか落ち着いた。

   * * *

「そうだ、ボクら、ウサギを探しに来たんだよ」
 月の砂漠。
 ボクら、しばらく座っていたが、
 ある日突然、思い出した。
 そうしてまたまた歩き出した。
 もちろん首は上向きのまんま。
 しばらく真っすぐ歩いていたら、
 オリオンとスコルピオンの喧嘩に出くわした。
「どうしてお前は暑がりなんだ」
「どうしてお前は寒がりなんだ」
 どうやら議論は平行線。
 友人は彼らにコニャックを分けてやり、
 代わりにボクらはスコッチをもらった。
 それからぐるり、月を一周歩いてみても、
 結局、ウサギはいなかった。
「どうやらボクら、人生のクルドサックに迷い込んだようだ」
 友人が悲嘆に暮れて呟いた。
 真っ暗い宇宙にポッカリと、青い星が浮かんでいた。
「どうやらあの星には人がいて」
 スコッチを片手にボクは言った。
「そこで人は戦争をしているらしい」
 しばらくボクら、スコッチを飲んだ。
 空になるまでスコッチを飲んだ。
「フライパンを焦がしてしまったぐらいに悲しい」
 友人はそういって泣き始め、やがてナミダは湖になった。
「ボクは泳げないのだ」
 そう言って友人はさらにナミダを流した。
 ボクはナミダの雫をグラスに満たすと、
「極上のアムリタができた」
 ボクらはそれで乾杯をした。
 真空だから音は鳴らない。
 それでも何だか落ち着いた。