ファンタジィ・コラム

ヘタの横好きでやっている神話・伝承の調査。そこで得た知見をコラム形式で公開。

コラム:ロックと悪魔 Vol.01

クロスロード伝説~十字路の悪魔の話

「ロックと悪魔」というタイトルでしばらくコラムでも書いてみようと思い立ったので、不定期でやってみようと思う。とはいえ、ロックと銘打ちながら、初回のテーマはブルースで、ロックじゃあ、ない。まあ、いいか。

クロスロード伝説というのがある。ご存知の人も多いかもしれない。半ば都市伝説みたいなものなのだけれど、アメリカ南部では広く知られていた。十字路で小動物やニワトリなどを生け贄に儀式を行なうと悪魔が召喚されてどんな願いでも叶えてくれるというような類いのもの。十字路というのは十字架の形をしているわけで、そんなところに悪魔が登場するのかと疑問に思わないでもないが、とにかく広く知られている伝説である。日本でも四辻には怪現象が起こるなんて言われていて、四つ角ババア(ヨツカドババア)とか四次元ババア(ヨジゲンババア)のような妖怪が子供を異世界へと連れて行ってしまうという都市伝説がある。クロスロードは不思議な魔力を持った場所なのかもしれない。

クロスロード伝説でもっとも有名な人といえば、ロバート・ジョンソン(Robert Leroy Johnson)だ。1930年代に活躍した有名なアメリカのブルース・ギタリスト。ギターがヘタクソだったロバート・ジョンソン。安酒場などで演奏をしては「ヘタクソ!」と途中で店を追い出されるほどだったという。そんな彼もあちこち放浪し、安酒場を転々として、数ヶ月後、ものすごいテクニックを身につけていた。あまりにも彼の演奏がうまかったため、彼は悪魔に魂を売り渡してテクニックを身につけたのだ、などとまことしやかに囁かれるようになったというのである。

もちろん、実際に彼が悪魔と契約したかどうかは定かではないし、ロバート・ジョンソンは何も言わない。けれど、実際、彼は27歳という若さで突然、死んでしまう。その死に様にもいろいろ言われていて、一説によれば安酒場の経営者の女に手を出して、経営者の夫に毒薬ストリキニーネを入れられたウィスキィを飲まされて毒殺されたというのである。このゴシップ記事も「ああ、やっぱり悪魔に魂を持っていかれた」などとロバート・ジョンソンの伝説に拍車をかけた。

ところが、悪魔と契約してギターのテクニックを手に入れたというお話は彼がオリジナルではない。トミー・ジョンソン(Tommy Johnson)というロバート・ジョンソンの一世代前のギタリストがいて、彼も悪魔と契約したことにされている。また、もう一つ。クロスロード伝説に登場する楽器はギターだけではないのである。イタリアのヴァイオリニスト、ニコロ・パガニーニ(Niccolò Paganini)にも同様の伝説があるのである。十字路で悪魔と契約してヴァイオリンの超絶技巧を手に入れたと信じられていたわけで、実際、彼なんかは死後、教会での埋葬を拒否されて、遺体は各地を転々としなければならなかったという程であるから半端じゃない。

こうやって眺めていくと、ロバート・ジョンソンのクロスロード伝説が一過性の伝説ではないということがよく分かる。十字路で悪魔と契約して才能を開花させるというエピソードは広く知られた都市伝説であって、ロバート・ジョンソンに由来するものではなかったのである。そういう伝説が受け入れられる素地がすでにアメリカの大衆の間にはあって、その上で、ロバート・ジョンソンの名前で語られるようになったということなのである。

都市伝説にはときに差別意識というのがついてまわる。ブルースというのは黒人の音楽である。したがって黒人の音楽を「悪魔の音楽」と差別していた人もいて、そういう風潮の中で、さらにこの伝説は強烈に人々の心に根ざしていったという背景もあるのだろう。

若くして死に、その死も謎めいていて強烈なため、今ではクロスロード伝説といえばロバート・ジョンソンになってしまったのである。

実際、このロバート・ジョンソンのクロスロード伝説はある記者が広めたゴシップだったとも言われている。この記者は、知人から、弟が十字路でギターを弾き続けると悪魔と契約できるというゴシップを本気で信じているという話を聞いて、それをロバート・ジョンソンの話として紹介したというのである。これだけ見ても、十字路の悪魔の伝説は一般に認知されていたものということになる。

ちなみにロバート・ジョンソンが契約を結んだ悪魔は「レグバ(Legba)」という名前で知られているらしい。レグバと関連づけられているという方が本当は正確な表現かもしれない。黒いマントを羽織ってにやにや笑う黒人の大男、レグバ。

アフリカに奴隷として連れてこられた黒人たちは、自らの宗教や思考を捨て、キリスト教的な物の考え方をするように強要されていく。そんな中で、ブルースは非常にアフリカ的、土着的なものだった。黒人たちはブルースの中に「アフリカ的」なものを見いだしたことだろう。

レグバというのはもともとアフリカに伝わる精霊のような存在で、カリブの島々やアメリカ南部などで信仰されるヴードゥー教に取り入れられていく。レグバは霊的なパワーに満ちた十字路に棲んでいて、精霊と人間との取り次ぎをしてくれる特別な精霊である。儀式の最初と最後には必ずレグバが呼び出された。

このレグバが十字路に棲むというところから、十字路の悪魔と結びつけられるようになったのだろう。だから、単純に十字路の悪魔をキリスト教的な悪魔として連想していると真実からは外れていく。映画「クロスロード」ではにやにやと笑った「レグバ」と名乗る黒人が登場する。直接、映画の中では語られないが、彼の正体は明らかに十字路の悪魔であり、あれなんか、ヴードゥー教で描かれるレグバにそっくりである。

アメリカ南部で黒人奴隷たちが築きあげた民間信仰とクロスロード伝承も、また、密接な関わりを持っているのである。