ア・バオ・ア・クゥー

[マレー半島の伝承]

【言語】Á Bao A Qu(ア・バオ・ア・クゥー)
【容姿】不透明で不完全な姿。肌は桃のような肌触り。
【特徴】涅槃を目指す巡礼者が螺旋階段を登るたびに完全体に近づいていく。
【出典】『幻獣辞典』ほか

「勝利の塔」の下で巡礼者を待ち続ける不完全な生き物

ホルヘ・ルイス・ボルヘス(Jorge Luis Borges)が『幻獣辞典(El libro de los seres imaginarios)』(1967年)の中で言及したマレー人の伝承に登場するという不思議な生き物。彼によれば、ア・バオ・ア・クゥーという謎の生き物は、この世が始まったときから、チトールにある「勝利の塔」の螺旋階段の一番下に眠っているという。螺旋階段は最上階のテラスに通じていて、見事、この塔を登り切った巡礼者は涅槃に達することができるという。ア・バオ・ア・クゥーはこの塔にやってきた巡礼者の影に反応し、旅人の踵(かかと)にぴったりとくっついて、巡礼者と一緒に塔を登っていくという。階下では半透明で不完全な姿をしたこの生き物だが、巡礼者が一歩一歩、最上階に近づいていくにつれ、だんだん、青白い光を帯び始め、輝きを増していく。そして巡礼者が遂に塔の最上階まで辿りついたとき、ア・バオ・ア・クゥーは完全な姿になるのである。しかし多くの巡礼者はなかなか最上階まで辿りつくことができない。巡礼者が螺旋階段を降りてくると、ア・バオ・ア・クゥーの姿は再び不完全な姿に戻り、青白い光は薄れ、輝きは衰えてしまう。巡礼者が階下へ降りてくると、絹の擦れるようなかすかな呻き声をあげてその場に倒れ伏し、ほとんど形をなくして、次の巡礼者の来訪を待って再び眠りにつくのである。ア・バオ・ア・クゥーは全身でものを見ることができ、また、半透明な肌は、桃のような肌触りだという。

こんな正体不明の謎の生き物、ア・バオ・ア・クゥーであるが、これまで数世紀に渡って最上階のテラスに到達したのは、たったの一度だけなのだという。これはつまり、涅槃に達することはそれだけ難しいということを意味しているのかもしれない。

姿については、半透明の身体で、内部に青白い光を宿し、不完全な姿をしていて、影に寄り添うように移動することくらいしか分からない。だから、その描かれ方は多様で、少しインターネットを回ってみるだけで、無数のア・バオ・ア・クゥーを見ることができる。不定形の怪物スライムのような姿で描いている人もいれば、多足類のような不気味な怪物な描いている人もいる。青白い光を放つドラゴンのような姿で描く人もいる。いずれにしても、一緒に階段を登っていくパートナーとしては、非常に不気味である。けれども、ボクは個人的には、ア・バオ・ア・クゥーは、巡礼者にとって、涅槃への到達度合いを示すバロメータみたいなものなのではないかと思う。

「ア・バオ・ア・クゥー」はボルヘスの創作か?

ボルヘスによれば、イトゥルヴル(C.C. Iturvuru)という人物の『マレー半島の魔術について(On Malay Witchcraft)』(1937年)にア・バオ・ア・クゥーの記述があったとしているが、この原典は見つかっていない。そのため、ア・バオ・ア・クゥーはボルヘスの創作ではないかとの説もある。しかし、リチャード・フランシス・バートンも『アラビアン・ナイト・エンターテイメント』(1885~1888年)の訳注の中で、この生き物について言及しているようなので(確認できていない)、必ずしもボルヘスの創作とは断言できない。

「勝利の塔」はどこにあるのか?

インド北東のラージャスターン州のチットールガルというところに「勝利の塔」と呼ばれる40メートルほどの古い高層建築がある。周囲を一望できる不思議な塔だ。チットールガルは単にチットールと呼ばれることもあり、このチットールの「勝利の塔」が、ア・バオ・ア・クゥーの棲む場所なのかもしれない。一般にはそのように紹介されることが多い。しかし、リチャード・フランシス・バートンは「中国のチトール」と言及しているので、ア・バオ・ア・クゥーは中国に棲んでいるのかもしれない。