常元虫(ジョウゲンムシ)

[日本伝承][妖怪]

【言語】常元虫,浄元虫(ジョウゲンムシ)【日本語】
【容姿】両手を後ろに縛られた人間のような姿をした虫
【特徴】斬首後に怨念が大量の虫と化した
【出典】『三養雑記』『煙霞綺談』など

常元、死後、大量の虫と化す!

安土桃山時代、近江国に南蛇井源太左衛門という侍がいたが、戦乱に乗じて、数百人の仲間を引き連れては殺人や強盗などの悪逆非道の限りを繰り返していたという。しかし年老いてからは人の勧めで改心し、出家して名を常元(浄元)と改め、故郷の村でおとなしく暮らしていた。

ところが慶長5年、諸国の悪人どもが次々と捕えられるようになり、常元も過去の数々の罪を問われ、見せしめとして自宅の柿の木に縛られ、首を斬られ殺された。遺体は自宅の木の下に埋められた。

それ以来、毎年、その柿の木から怪しい虫が大量に発生した。まるで両手を後ろに縛られた人間のような姿をした虫だったという。村人たちは常元の怨霊だと恐れ、その虫を常元虫と呼んだ。

類似の虫の妖怪

類似の話は日本各地に伝わっている。無実の罪で打ち首になった平四郎が、死後、悪臭を放つ虫に姿を変え、畑の作物を次々に枯らしていったという山梨県の平四郎虫や、大根を盗んだために見せしめに生き埋めにされた木熊という女性が、死後、大根を喰い荒らす妖虫に姿を変えたという奈良県の木熊虫(キグマムシ)などが知られる。福井県では、殺された僧侶・善徳が、死後、稲を喰い荒らす善徳虫(ゼントクムシ)になって出没したと伝わっている。木曾義仲の軍勢に討たれた斎藤実盛も死後、実盛虫(サネモリムシ)になって稲を喰い殺す妖虫になったと伝えられている。このように、農作物を荒らす害虫の妖怪は日本各地に残されている。せっかく育てている農作物をダメにしてしまう害虫は農民たちにとって恐ろしいものだったのだろう。害虫の発生を、何らかの祟りや怨霊と結びつけた伝承といえる。

ほかにも、無実の罪で殺されたお菊の怨霊がお菊虫(オキクムシ)になったというものがあり、この妖虫も、常元虫同様、まるで人が後ろ手に縛り上げられているように見えたという。下野国で獄死した吉六虫(キッチョムムシ)、島根県浜田で船頭に捨てられて死んだ女の女郎虫(ジョロウムシ)など、死後、人間の亡魂が虫になるというパターンは日本各地に伝わっている。

また、古戦場では戦死者の魂が蛍になって両軍に分かれて合戦を行なうという言い伝えがあって、これは蛍合戦(ホタルガッセン)と呼ばれる。これも死後、人間の無念が虫になったものの一例といえる。