ギャン・カナッハ
[アイルランド伝承]
【言語】Gean Cánach(ギャン・カナッハ)《愛を語る者》【アイルランド語】
Gánconâgh,Gancanagh(その他の表記)
Ganconer(ガンコナー)【英語】
【容姿】パイプをくわえた若い男性の姿。実はその正体は老人。
【特徴】魔力で人間の女性を口説き、姿を消す。女性たちは恋焦がれてやがて死んでしまう。
女性をたぶらかして死に至らしめる口説き妖精
ギャン・カナッハはアイルランドに伝わる妖精。ガンコナーという英語表記の方がよく知られているかもしれない。その意味はアイルランド語で《愛を語る者》という意味がある。若く魅力的な男性の姿をして、人里離れた寂しい谷間に出没すると、ドゥーディーン(dúidin)と呼ばれる短い粘土製のパイプをくわえながら、次々と人間の女性たちに言い寄る。彼は不思議な魔力を持っているため、口説かれた女性たちはみんな彼の虜になってしまう。しかしギャン・カナッハはさっさと姿を消してしまうため、女性たちはギャン・カナッハを恋焦がれ、憔悴し、やがて死んでしまうのだという。
「ギャン・カナッハと出逢った者は、やがて自分の死に装束を織るようになる」
エトナ・カーベリー(Ethna Carbery)は『口説き妖精(The Love-Talker)』という短い詩の中で、少女モイラのギャン・カナッハとの遭遇を劇的に描いている。それは次のような物語である。
I MET the Love-Talker one eve in the glen, / He was handsomer than any of our handsome young men, / His eyes were blacker than the sloe, his voice sweeter far / Than the crooning of old Kevin's pipes beyond in Coolnagar.
あの夜、私は谷間でギャン・カナッハと出逢ったわ。/彼はどんなにイケてる若者たちよりもイケてた。/彼の瞳はスモモの実よりも黒くって、/声はずっと甘美だったわ。/クールナガルの彼方でケヴィン老が奏でる笛の音よりもずぅっと。
I was bound for the milking with a heart fair and free— / My grief! my grief! that bitter hour drained the life from me; / I thought him human lover, though his lips on mine were cold, / And the breath of death blew keen on me within his hold.
私はただ単純に乳搾りにやってきたのに……。/悲しいことに! 悲しいことに! ほろ苦い時間は私の生命を枯渇させたの。/私は彼を人間だと思ったの。/私の唇に重ねた彼の唇は冷たかったのに。/彼に抱かれた私の上を死の風が吹き荒んでいたのに。
I know not what way he came, no shadow fell behind, / But all the sighing rushes swayed beneath a faery wind / The thrush ceased its singing, a mist crept about, / We two clung together—with the world shut out.
私は彼がどこから来たか知らない。背後には何の影も落ちない。/でも、妖しい風に支配されて、イグサはすべて揺らいだ。/ツグミはその囀りを止め、周りには霧が忍び寄ってきたわ。私たち二人は抱き合った。世界を締め出して……。
Beyond the ghostly mist I could hear my cattle low, / The little cow from Ballina, clean as driven snow, / The dun cow from Kerry, the roan from Inisheer, / Oh, pitiful their calling—and his whispers in my ear!
ぼんやりとした霧の向こうで、私の牛の群れが低く鳴くのが聴こえた。/吹き寄せる雪のようにきれいなバリナ生まれの小牛。/ケリー生まれの焦げ茶色の牛。イニシアー生まれの葦毛の牛。/ああ、何て悲しげな鳴き声。そして私の耳には彼の囁きが!
His eyes were a fire; his words were a snare; / I cried my mother's name, but no help was there; / I made the blessed Sign; then he gave a dreary moan, / A wisp of cloud went floating by, and I stood alone.
彼の瞳は炎。彼の言葉は罠。/私はママの名前を呼んだけど、何の役にも立たなかった。/私が十字を切ったら、彼はぞっとするうめき声をあげた。/一条の雲がふぅーっと通り過ぎて、/私は一人ぼっちで立っていた。
Running ever through my head, is an old-time rune— / "Who meets the Love-Talker must weave her shroud soon." / My mother's face is furrowed with the salt tears that fall, / But the kind eyes of my father are the saddest sight of all.
絶えず私の脳裏をかすめるのは、いにしえの言い伝え。/『ギャン・カナッハと出逢った者は、やがて自分の死に装束を織るようになる』ってやつ。/ママの顔には塩辛い涙が伝って深い皺が刻まれ、/パパの優しい眼差しは何よりも悲しいのに。
I have spun the fleecy lint, and now my wheel is still, / The linen length is woven for my shroud fine and chill, / I shall stretch me on the bed where a happy maid I lay— / Pray for the soul of Mairé Og at dawning of the day!
私は羊毛の布を紡ぎ終えた。まさに今、紡ぎ車は動きを止めたわ。/この布は、美しく冷たい死に装束となるべくして織られたのだわ。/かつて幸せな乙女として私が眠っていたこのベッドの上に、私はこの身体を横たえるの。/夜が明けたら、モイラ・オーグの霊魂のために、祈りを捧げてちょうだいね!
(『The Love-Talker』,作:Ethna Carbery,1902年)
こうして、おそらく少女は死んでいってしまうのだろう。ギャン・カナッハの魔力はかくも恐ろしいのである。実はギャン・カナッハの若く美しい姿は彼の魔力によるまやかしだとも言われる。本当は老人の姿をした妖精なのだとも言われるのだから、女性からしたら、遭遇したくない妖精である。