枕返し(マクラガエシ)
[日本伝承]
枕返し(マクラガエシ),枕小僧(マクラコゾウ)【日本語】 | |
特徴 | 寝ている人間の枕をひっくり返す。 |
枕をひっくり返す悪戯(いたずら)妖怪
眠っている人間の枕を勝手に動かしてしまう妖怪がいる。枕返し(マクラガエシ)である。枕小僧(マクラコゾウ)と呼ぶ地域もある。北枕にするなどとされることもある。大抵は悪戯好きの妖怪とされる。東北地方などでは、枕返しが夜中に枕を動かすために眠れないとされる。これは座敷童子(ザシキワラシ)の仕業とされることもあって、枕返しと座敷童子は同一視されることもある。そのため、子供の姿、あるいは小鬼の姿とされることも多い。タヌキや化け猫の仕業とされる地域もある。
枕返しは人を殺す?
しかし、単純に枕をひっくり返すだけの悪戯妖怪と侮ってはならない。枕返しによって命が奪われるというケースもある。古来より、睡眠というのは異世界への旅立ちと考えられてきた。眠っている間に人間の魂は身体を抜け出して、ふらふらと異世界をさまよう。夢はその世界での出来事なのである。ところが、そこでうっかり枕がひっくり返されてしまうと、魂は元に戻ってこられなくなると考えられたのである。平安時代の物語『大鏡』にも、眠っている間に枕がなくなると魂が身体に戻れなくなるという記述を見ることができる。
枕は睡眠のための特別な道具であって、ひとつの呪具なのである。悪夢を見ないように獏(バク)の絵を描いた枕もある。枕に睡眠作用のあるお香を焚きつけておくこともあった。元旦の夜には七福神の乗った宝船の絵を描いて枕の下に入れて眠るとか、一富士二鷹三なすびを描いて枕のしたに入れて眠るという風習も、睡眠を重要視した日本人の感覚に由来する。眠っている間に枕がひっくり返る。これは昔の人にとっては、忌避すべき事態だったのである。そのため、次第に妖怪の仕業とされるようになっていったのである。
和歌山県日高郡では、七人の樵(きこり)たちが、古いヒノキの大木を伐ったところ、その夜に枕返しに枕をひっくり返されて死んでしまったという伝承がある。眠りを特別のものと考える風習が廃れた現代では、枕返しはただの悪戯妖怪と考えられることが多いが、本来、枕返しというのは、実に恐ろしい妖怪だったのである。