モノケロース

[ヨーロッパ伝承]

名称 Μονόκερως(モノケロース)《1本の角》【古代ギリシア語】
Unicornis(ウーニコルニス)《1本の角》【ラテン語】
Unicorn(ユニコーン)【英語】
容姿一角獣。額に1本の角をはやした怪物。
特徴俊足で獰猛。角には解毒作用がある。
出典プリーニウス『博物誌』、『フィシオロゴス』ほか

インドに棲息する一角獣

モノケロースは《一角獣》のこと。ラテン語ではウーニコルニス、英語ではユニコーン。ユニコーンといえば、現代では美しい白馬の姿で描かれることが多いが、古代においては獰猛で恐ろしい怪物だった。最初に一角獣について言及したのは古代ギリシアの著述家クテーシアス(Κτησίας)で、『インド誌(Τα Ἰνδικά)』の中で「インドの野生ロバ」として一角獣について言及している。2パーム(45センチメートルほど)の1本の角を額からはやしたウマくらいの白い獣で、その角には解毒作用があることが記述されている。また、非常に俊足で、かつ角を使って獰猛に戦う獣である。そのため、子供を連れているときに大勢で襲い掛かるという方法でしか捕獲できないとされている。

その後、多くのギリシア・ローマの著述家がインドロバについて言及している。あのアリストテレース(Ἀριστοτέλης)もインドサイの実在を認めている。彼は観察により、2本の角をはやした動物は通常、蹄が二つに割れていることに気がついていた(ウシ、ヤギ、ヒツジ、カモシカなどは偶蹄目)。そして、単蹄の動物(ロバやウマは奇蹄目)が角をはやすと1本角になるのは自然なことだなどと分析している。

もっとも有名なのは古代ローマの著述家プリーニウス(Gaius Plinius Secundus)の『博物誌(Naturalis Historia)』による記述で、全体的にはウマのような姿で、牡ジカのような頭部、ゾウのような脚、イノシシのような尾を持った野獣として紹介している。2キュビット(およそ90センチメートル)の長い黒い角が額の真ん中から突き出しているという。モノケロースという表記もこのときに用いられた。

聖書の誤訳で一角獣?

獰猛な怪物で、ゾウをも一突きにするとされたモノケロースも、キリスト教に取り入れられると聖獣になる。キリスト教の聖書の中では、しばしば「力」の隠喩としてרְאֵם〔rěēm〕(レ・エム)と呼ばれる獣が登場する。このヘブライ語は、当時、すでに絶滅していたオーロックスと呼ばれる野牛のことを指すと考えられていて、アッカド語のリム《野牛》に由来する。古代メソポタミア美術の中ではしばしば横顔で描かれ、まるで一角獣のように見える。ヘブライ語の聖書をギリシア語に翻訳した際にΜονόκερως(モノケロース)と訳され、ラテン語聖書もUnicornis(ウーニコルニス)を用いた。ルターのドイツ語聖書も一角獣と解釈して訳した。このため、キリスト教徒たちは、ユニコーンを実在の動物として信じ続けた。現在の聖書では、レ・エムは「野牛」と翻訳されている。

中世ヨーロッパの寓話での一角獣

中世、聖書からの引用を中心に動物や植物などを寓話的に説明した『フィシオロゴス(Φυσιολόγος)』という博物誌がベスト・セラーになったが、その中にもモノケロースは登場した。その中でモノケロースは、決して飼い慣らせない獣だが、処女には心を許し、捕捉できるなどの伝承が追加された。おそらくこれは、インドの伝承に登場するऋष्यशृंग(リシュヤシュリンガ)《鹿の角を持つ者》という野人の伝承の影響を受けている。旱魃から脱却するために、額から1本のシカの角をはやしたリシュヤシュリンガを遊女が誘惑して王宮に連れてくるという物語で、この物語は『マハーバーラタ』にも載っている。

また『フィシオロゴス』には、ユニコーンの角の解毒作用についても述べられている。毒に満ちた湖で、動物たちが水を飲めずにユニコーンの登場を待つシーンがある。ユニコーンが現れ、その角で十字を切って水を飲む。すると湖の毒はなくなったというのである。中世ヨーロッパでは、実際にイッカクの角がユニコーンの角として高額で売買されたという。

このように、処女との結びつき、および角の解毒作用などから、ユニコーンは次第にキリスト教の聖獣になっていく。特に処女との関連から、聖母マリアの処女懐妊とも強く結びつけられるようになり、乙女の守護者となった。

イギリスの国章にも一角獣

ユニコーンはスコットランド王家の紋章になり、現在のイギリス王家の大紋章にも、イングランド王家の象徴であるレパード(獅子)と併せてユニコーンが描かれている。