オルトロス

[ギリシア・ローマ神話]

【言語】Ὄρθρος(オルトロス)《朝の薄明》、Ὀρθός(オルトス)【古代ギリシア語】

ゲーリュオーンのウシを守る番犬、オルトロス

オルトロスというのはギリシア・ローマ神話に登場する双頭の猟犬のこと。首の周りからは7種類のヘビをたてがみのようにはやし、お尻からはヘビの尻尾をはやしている。世界の西果てにあるエリュテイア島で、ゲーリュオーンが飼っていた夕焼け色のウシの群れの番をしていた。あるとき、英雄ヘーラクレースが十二の難業の一つとしてゲーリュオーンのウシの群れを奪いにやってきたときに、真っ先にそれに気がついて英雄に襲いかかったが、反対に棍棒で殴り殺されてしまった。

ケルベロスのミニサイズ? ケルベロスの兄貴分?

オルトロスは怪物エキドナとテューポーンの息子で、地獄の番犬ケルベロスとは兄弟関係にある。ケルベロスが首が三つで地獄を守っているのに対して、オルトロスは双頭でウシの群れを守っているため、ケルベロスのミニサイズという印象を受けるが、(ヘーシオドスの記述に照らせば)オルトロスの方が兄貴分であるらしい。ほかにもキマイラやヒュドラーと兄弟姉妹の関係である。妹のキマイラとの間にスピンクスやネメアのライオン、クロミュオーンのイノシシなどの怪物をもうけている。

夕べの国とオルトロス

紀元前7世紀から8世紀頃の詩人ヘーシオドスは『神統記(テオゴニアー)』の中でオルトロスについて以下のように述べている。

τὸν μὲν ἄρ' ἐξενάριξε βίη Ἡρακληείη
βουσὶ πάρ' εἰλιπόδεσσι περιρρύτῳ εἰν Ἐρυθείῃ
ἤματι τῷ, ὅτε περ βοῦς ἤλασεν εὐρυμετώπους
Τίρυνθ' εἰς ἱερήν, διαβὰς πόρον Ὠκεανοῖο,
Ὄρθόν τε κτείνας καὶ βουκόλον Εὐρυτίωνα
σταθμῷ ἐν ἠερόεντι πέρηv κλυτοῦ Ὠκεανοῖο.

いかにも(ゲーリュオーンは)ヘーラクレースの力強さに退治された
海に囲まれしエリュテイア島にてウシどもの脚の響きとともに
(ヘーラクレースが)広い額を持ったウシの群れを追い立てて
オーケアノスの流れを渡ってティーリュンスにやってきたあの日に。
(ヘーラクレースは)オルトスと牛飼いのエウリュティオーンを斃した
名高きオーケアノスの彼方の陰鬱な牧場にて。

(ヘーシオドス『テオゴニアー』289行目から294行目より)

どうやらオルトロスはオーケアノスの彼方にあるエリュテイア島の陰鬱な牧場に棲んでいるらしい。そしてゲーリュオーンのウシの群れを奪いにやってきたヘーラクレースによって、牛飼いであるエウリュティオーンと一緒に殺されてしまう。ちなみにオーケアノスというのは円盤状の世界の果てをぐるぐると回っている巨大な河の流れで、エリュテイア島というのはその外側にある、ということにあるらしい。世界の果てのさらに向こう側にある伝説の島というような位置づけである。ヘーラクレースはそんな遥かなエリュテイア島まで行って、番犬ゲーリュオーン、牛飼いエウリュティオーン、そしてウシの所有者ゲーリュオーンを倒してウシの群れをティーリュンスまで連れてくるのである。壮大なストーリィなのである。夕べの国ヘスペリアも、やはり世界の西の果てにある。エリュテイアにも《赤》という意味があるらしい。これは夕焼けの色を表していると考えられている。Ὄρθρος(オルトロス)が古代ギリシア語で《朝の薄明》という意味なのは、おそらくこの辺に由来するのだろう。世界の果てというのは、朝と夕とが入れ替わる特別な時間の象徴なのである。