アバウトな創作工房

コラムランド お題「小さい秋、見つけた」(2003年)

雨の日が踊る

 私が職場の連中と口を利かなくなってどれくらいの日数が経っただろう。別に仲違いをしたのだとか、喧嘩をしたのだとか、そんな訳ではない。多分、少しのジェネレーション・ギャップを克服してまで話すような努力を、私自身がしなくなってしまったからだろう。若いやつらは愛想がない。狭い文化と社会を構築して、そこに閉じこもっている。まるでそこが全てだ、とでも言うように。いやいや、愚痴っても詮無きことか。
 ちょうど台風が来ていた頃だったように思う。偶然、仕事が早く終わった。強い風を前に傘がまるで役に立たなくて、私はずぶ濡れになりながら駅への道をただ猛進していた。そこで不思議な少女に出逢ったのである。少女、と形容するのは不適当だろうか。十八か十九くらいの年齢で、おそらく学生なのだろう。まだ下手クソな化粧に、今、若者の間で流行りかと思われる銀のアクセサリーを胸に1つぶら下げている。彼女は小さなブティックの軒下で空を見上げて立っていた。雨が止むのを待っているのだろう、と理解した。
「お嬢さん、台風は明晩まで続くようですよ」
 私は思い切って声を掛けてみた。私にしては最大級の努力である。彼女は空へと向けていた視線をゆっくりと私の方へと移し、それから目をパチパチとしばたいた。そしてようやく何かに思い至ったかのように何度か頷くと、
「おじさん、私が雨宿りしてるって思ったんでしょ」
 と言った。それから、ころころと、と形容するに相応しい感じで笑った。
「えぇ、そうです。違いましたか?」
 私は少し照れたように俯く。どうやら軒下にまで雨は降り込んでいるようで、今更ながら、彼女が既にずぶ濡れであることに気付く。
「何をしているんです?」
 私は少し戸惑って聞いてみた。若干の間があってから、
「秋を探してるって感じ?」
 彼女は唐突にそう言った。
「秋って、春夏秋冬の秋ですか?」
 完全に意味不明である。
「そう。It is fall that the season of fall of leaves isってヤツ?」
 余りにも流暢な発音で、一瞬、何を言ったのか分からなかった。葉が落ちる季節、それは秋、といったところか。ようやく思考回路が追い付く。どうしてなかなか気の利いたフレーズではないか。
「どうしてそんなものを探しているのです?」
 私は矢継ぎ早に質問をする。
「何故って、そりゃ、夏が終わるからに決まっているじゃん?」
 さも当たり前のように言う。まるで小学生を相手に一足す一は二だ、と教えている先生のようである。私は閉口せざるを得なかった。どうにも理解しがたい。
「あ、おじさん。今の若者は理解に窮するとかって、ちらっとでも思ったでしょ?」
 その上、こっちの思考回路は見透かされていると来ている。
「いけないなぁ、その思想。早く年取っちゃうよぉ」
 彼女はち、ち、ち、と人差し指を振った。
「で、秋は見つかりそうですか?」
 私は強引に話の軌道を修正する。少しでも彼女の攻撃をかわそう、などと目論んだ訳でもないのだけれど。
「昨日は結局、見つからなかったの。今日はひどい雨」
「台風ですからねぇ」
 私はのんびりと答えた。
「あ、お嬢さん」
 私はふと思い出して、彼女の方を見た。
「そう言えば、昨夜の食卓で私はサンマを食べましたよ」
 私がそう言うと、
「うわ、それってめっちゃ、秋っぽくない?」
 彼女はぱちぱちと手を叩いた。
「秋ですね」
 私は相槌を打つ。
「あ、私もね、私もね、イワシ、イワシ食べたよ、この間」
「あぁ、それってとっても秋じゃないですか」
 彼女は雨の通りに飛び出した。腹を抱えて愉快そうに笑っている。
「風邪をひきますよ?」
 一応、私は声を掛けてみた。けれども、彼女が聞く耳を持たないことは一目瞭然だった。
「お嬢さん、私はそろそろ帰ります」
 私は彼女にそう告げると、そっと歩き出す。後ろで彼女が大きく手を振るのが分かった。雨足は依然として強く、弱まることを知らない。けれども、明日は台風一過、きっと晴天だろう。台風の季節が終われば本格的な秋がやって来る。私は少しだけ軽やかな気分で歩き出した。

■□■アトガキ
雨、おじさん、そして若者。「空と雲のスタイル」との連作的な色合いが強い。特に意識して書いていたわけじゃないんだけど、キーワードとか雰囲気は似ている。友人に指摘されて気がついた。何の影響だろう。

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