アータル
[ゾロアスター教]
𐬁𐬙𐬀𐬭〔Ātar〕(アータル)【アヴェスター語】 Ādar(アーダル),Ādur(アードゥル)【パフラヴィー語】 | |
特徴 | 火の精霊。アフラ・マズダの息子。アジ・ダハーカと戦う。 |
ゾロアスター教の炎の精霊アータル
アータルはゾロアスター教の神話に登場する火の精霊である。精霊とはいっても、正確には「ヤザタ(Yazata)」といって、上級の神々アムシャ・スプンタに次ぐ中級の神々のようなイメージである。というのも、アータルはゾロアスター教以前の古いペルシアの宗教から受け継いだもので、イラン・アーリア人とインド・アーリア人とが分化する遥か以前から崇拝されていたものである。古来よりアーリア人は「火」を崇拝の対象としていた。「火」は闇を払うものであり、人々は火を壷に入れて、旅をするときにも決して絶やさないようにしたという。また、儀式の重要性が増してくることで「火」はさらに重要なものとなった。供物は祭壇の「火」を通して神々のもとに届けられると信じられるようになり、神々の世界と人間の世界とを結ぶ重要な回路だと考えられるようになったのである。同じアーリア人系のインドの神話においても、火の神アグニがアータルと同様の役割を果たしている。
イラン・アーリア人の信仰を色濃く残すゾロアスター教なので、火の精霊であるアータルはやはり強力な精霊として位置づけられた。実際、アータルは中級神ヤザタに位置づけられているものの、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』の中では「アフラ・マズダーの息子」として各所で讃えられている。『アヴェスター』の中の「ザムヤード・ヤシュト(Zamyad Yasht)」では、アジ・ダハーカという悪竜と戦う勇敢な戦士として描かれている。神話の中でアータルは「光輪(クワルナフ)」を巡ってアジ・ダハーカと争い、これを守ったとされている。「光輪(クワルナフ)」を手に入れたものは大地を支配できると信じられ、王権の象徴とされてきた。代々、国王は就任の際にミスラ神より「光輪」を授けられたとされた。
後代にはアータルは「稲妻」とも関連づけられて、旱魃を起こす悪魔を退治する神話も残されている。
《参考文献》
- 『ゾロアスター教』(著:青木健,講談社選書メチエ,2008年)
- 『シリーズ世界の宗教 ゾロアスター教』(著:Paula R. Hartz,訳:奥西峻介,青土社,2004年〔2003年〕)
- 『Truth In Fantasy 事典シリーズ 2 幻想動物事典』(著:草野巧,画:シブヤユウジ,新紀元社,1997年)
- 『ゾロアスター教-神々への讃歌-』(著:岡田明憲,平河出版社,1982年)
- 『ペルシア神話』(著:John R. Hinnells,訳:井本英一/奥西峻介,青土社,1993年〔1973年〕)